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シリーズ日本の国会① 第136回通常国会(自社さ政権) 「災害被災者のために国家予算を使うのは憲法違反」災害対策をめぐる先人の記録


皆さんこんにちは、鈴木敦です。
政治に携わるもののなかで、国会議員にしかできないことは3つあります。それは①安全保障、②国家予算、そして③外交、です。このうち、③外交については議員外交という手段が確立しており、私も個人的にパラオ、台湾、インド、エジプト、合衆国を除くG7各国などと独自の外交を展開してきています(これらの国はすべて大洋州、中央アジア、アフリカ、ヨーロッパの主要結節点です)。これらの成果は国会質疑で用いられるほか当該国との直接交渉も行っており、例えばクロマグロをはじめとする漁獲高割り当てや日本型教育システムの普及、大東亜戦争戦没者の御柱の早期帰国など、これによって前に進むものも多くあります。

① の安全保障については、予算に関係する点については国会が承認する事項となっていますが、戦略・戦術といった部分は防衛省・自衛隊が全権を持っており、ひいては政府与党の判断ということになりますから、野党の立場でこの方向性を変えることは事実上困難です。②国家予算にしても、各省からの概算要求に基づき財務省が編成した予算案について、与党との調整の上で国会に提出されますので、是非を判断することは可能ですが、その編成段階から野党が担うことはできません。もちろん、その使途に納得できない場合、粘り強い交渉によって修正させることは可能ですが、現行憲法下で総予算が修正されたのは昭和28年、同29年、同30年、平成8年、そして今年の5例しかありません。その中でも、とりわけ野党と政府が激しく対立した、平成8年の予算修正について、今回はお話しします。


平成8年は、住宅金融専門会社(住専)の不良債権問題で大荒れだった第136回国会があった年です。住専は住宅需要の高まりに対して、既存金融機関はノウハウがないことなどを理由に個人融資に消極的だったことから、大蔵省が主導して各金融機関の出資によって設立された個人向け貸付機関でした。主なフローは金融機関から調達した資金を個人に融資する仕組みで、当時の不動産バブルの影響下で調達しては貸し付けを繰り返し、バブル崩壊とともに売るに売れない物件の契約が膨れ上がり、それらが不良債権化することとなりました。大蔵省の立ち入り検査では、最大でなんと6.5兆円もの損失を計上していたということですから、その衝撃は大きなものだったでしょう。
しかも農林系をはじめとする多数の金融機関が住専に貸し付けを行っていたために、このまま放置すれば貸し倒れ、返済が遅れることによって日本の金融システム下で連鎖破綻が起こりかねない事態でした。そこで、政府は平成8年に「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」を成立させ、債権の買い取り・回収を行う住宅金融債権管理機構を設立したうえでこれら住専に対して総額6850億円の公的資金を注入して16年かけて整理を行いました。債務整理が完了した平成24年時点での2次損失は1兆4017億円にも上る大事業となりましたが、この債務をちゃんと整理しきった、という点で国際社会から評価を受けたのも事実。というのが歴史のお話です。

ただ、この裏で国会では大きな事件があったことは、当時国会議員だった方々くらいしか覚えておられないと思います。

前年の平成7年は、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生した年です。この地震での住家の被害は全壊10万302棟、半壊10万8741棟という、それまで経験したことのない規模の大損害でした。そのうえ、政府の試算では金額ベースでは建築物等6兆3000億円、交通基盤施設2兆22000億円、ライフライン等6000億円、その他5000億円、計9兆6000億円もの被害総額が算出され(兵庫県の試算では20兆円を超える、とのものもあった)、1年たった住専国会時点でも約10万人もの国民が仮設住宅で生活しているような状態でした。そんな中ですから、心ある国会議員からは「見舞金だけではなくて、交付金のようなものを拠出できないのか」という疑問が噴出します。しかし、発災直後の第132回国会の予算委員会で、井出正一厚生大臣はこんな答弁をしてしまいます。

「~私有財産制度の下では、個人の財産を自由かつ排他的に処分しうるかわりに、個人の財産は個人の責任のもとに維持することが原則でございまして、災害対策にしても国としては各種公共施設の災害復旧に努めることが第一でございまして、個人の皆さんの受けられた損害を、国民の税金でそれを保証するところまで踏み込んでいいかどうかは大変私は疑問に思うところでございます。」

さらに、村山富市総理も同じ委員からの質問に対して、

「お気持ちはよく理解できますね。しかし、やはりいろいろな制度の建前からしますと、なかなか個人個人にそういう意味で何らかの保証をしていくということは、難しい点が私はやはりあるのではないかと思いますし、~しかし、これは生活保護制度もありますし、いろいろな今の仕組みというものを最大限に活用して使っていただくということが、当面精いっぱいできることではないかというように考えておりますけれども、」

など、あなた社会党ですよね?というような答弁が繰り返されました。

翌年、震災時の村山内閣で通商産業大臣だった橋本龍太郎が首班を譲り受け、橋本内閣に代わった直後に住専に対して閣議決定でポンと出しますとなったわけですから、新進党は猛反発して、議場封鎖を敢行、国会審議が進まない状況となる大騒動に発展しました。しかも自民党内からは「(住専に貸し出していた)農協も本当は1兆1000億円程度負担しなければならないが、負担能力がなかったので財政資金を投じたと言い切ったほうがわかりやすい」などと発言して火に油を注いでしまったのです。

結局、住専への公的資金注入は当該年度総予算には盛り込まない、ということで折り合いが付き新進党は議場を開放、その後前述の「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」を成立させたうえで改めて金融システムの復旧に当たることとなり、当初予算に組み込まれていた住専注入分の予算総則を減額修正したのが29年前の総予算修正でした。ちなみに、住専への公的資金を注入するのに震災被災者の生活再建に国費を支出しない、それはおかしいと強硬に質疑したのは当時新進党所属であり、現在の東京都知事である小池百合子議員でした。

この住専国会、大きなニュースになったので永田町の外では与野党攻防戦の一環として見られがちですが、それだけではない効果を生みました。財政金融の観点から見ればバブル崩壊の処理という見方が強い一方、広く大局的な見方でいうと、災害対策の考え方が大きく変わった事件でもあったのです。
前述のとおり、そもそも住専に公的資金を注入できるなら被災者の生活再建に公的資金が使えないというのはおかしいではないか、という声が高まりました。もちろん、政府は被災者に対して何もしていなかったわけではありません。現在でも自然災害発災時に運用されている「災害対策基本法」は昭和34年の伊勢湾台風をきっかけに成立したもので、あくまで発災後の対応ということにはなりますが、防災計画の策定や発災時の指揮命令系統の徹底を明記しています。
平成3年の雲仙・普賢岳大規模火砕流の際には国・県・市それぞれが避難所生活や生活再建のための基金を設立し、阪神・淡路大震災でも同様の復興基金が編成されていました。阪神・淡路大震災では全国から900億円にも上る義援金が届けられていましたが、それでも国はあくまでバックアップの立場を貫いていました。それが住専国会ではより踏み込んで、国民の私有財産に国がどうかかわるか、という問いを投げかけたのでした。

この騒動から2年後、平成10年になってようやく「被災者生活再建支援法」が成立し、国家による国民生活の再建に道が開かれました。しかし、支援金は100万円、目的は引っ越し費用や生活必需品の購入補助というのが建前であり、それだけでは不十分な内容でした。平成12年、鳥取県西部地震に際して鳥取県知事が「鳥取県西部地震被災者向け住宅復旧補助金制度」を設立、住宅関連費用への公的資金の提供が開始され、これを受けて国会でも平成16年の法改正によって住宅関連費用として支援金が利用できるようになり、金額も300万円に増額されるなど、時間はかかったものの着実に前進し続けています。ただ、生活再建には法律基準の1世帯300万円ではやはり足りないだろうというのは野党のおおむね一致した意見で、この額を少なくとも600万円に増額すべきである、という趣旨の法律案が国会に提出されています。

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